
水鉄砲という外交を忘れてしまった愚かな人間たち。

それぞれの母国語を乗せた舟が行き交う。春はすぐそこに。

天塩にかける、というのはこのこと。一日の積み重ねが大切なことを教えてくれる盆栽。

日本国に生まれて良かったと思うのは蛇口の水をそのまま飲めること。

「すみません」を「ありがとう」に変換したらとの声がいつも聞こえる。

降るのはいいが降りすぎても。天を見上げる日が続く。

渇水も満水もダムは天のおもむくままを受け入れる。ダムの量に一喜一憂。

水清ければ魚さえ。澱みを好むぼうふらとその仲間たち。

この一村からあの賑やかだった歌や万国旗のとりどりも。

水鏡に嘘はつけない。真実を映す水鏡を見つめる日が続く。

薄い半透明の膜を突き破り命かがやくやたまじゃくし。やがてやがて。

考えてみればこの光景も貴重な光景になってしまった。自然が豊かであればこそ。

人類はどうして歴史に学ぼうとしないのか。飛び交うミサイルを止めるのは独裁者の指いっぽん。

ごくごくと飲み込む水に動く喉ほとけ。青春はいつでもダイナミック。

花に魂を奪われたのだろうか。一息に飲み干すコップの中の水。

枯山水を前にじっと目を閉じると確かに寄せる波の音が聞こえくる。

紅差し指をティッシュで拭きとりながら水たまりに聞いてみる。「私、美しい」。

何とのどかで贅沢な時間。恐らくもったいなくて眠ることなど到底。

何事も形から、は大切。試歩にあつらえたスニーカーが外に出ようと呼びかける。

憂い顔を映した水鏡を風がさらっていってくれた。さあ、これから。

熱を冷ましてくれるのはどの薬剤よりも昔ながらの水枕。

こんなウソならいつでも聞いてあげる。何か酔えない今夜の水割り。

どこの水がうまいか。情報に詳しいことも旅人には必要なこと。

泥水も空の青さは知っている。

若さとは水に反応する喉ぼとけのことか。水に鍛えられる少年の喉ぼとけ。

この理不尽とも思えるアメリカの指導者にせめて水鉄砲でも。

昭和を切り取った田舎の風景。今はもう見ることさえ。

40度以上はこれから「酷暑日」と呼ぶそうな。水は遠出に必需品。

春という季節は何もかも許せる季節でもある。心があったかいのも春だから。

普段は気付かない地震国日本の水供給システム。だが心配される経年劣化。

